−ちょこ子の犯罪犬公民館−
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記憶。記録。311。
3月11日14時46分。あなたはどこで何をしていましたか?




私は暇な前会社で、たぶん「コーヒーの時間まであと少しね」等と考えながらパソコンにイヤホン差してyoutubeのご機嫌な音楽を聞きながら、会社のホームページをチェックしていました。


コーヒーの時間。
人数確認の為にオジサマ達のところに行って、テレビを見てどこの国だろうと思い『どこですか?』と聞きました。




まさか、日本だなんて思えなくて。

まさか、ここまで広範囲だと思っていなくて。

まさか、ここまでの被害が出るなんて思っていなくて。








皆とテレビに釘付けになって





『あの車!早よ!そっち行ったらいかんっ!』

『今、あそこに人おったよ!大丈夫なん?』





みんなどんどん無口になって。。。










あの日からネットで地震や津波、原発関係の記事を読みあさっていました。
写真や動画も沢山みました。
何が正しい情報で何が間違っているのか分からず、不謹慎なデマも飛び交ったりで、自分で情報を整理して一呼吸おいて考えてみたり。





あれからそろそろ9ヵ月。

また全然復興も進んでいないところも多いらしく、瓦礫の処理や原発なんてどうすりゃ?状態で私に何が出来るかと言えば、やっぱり地道に募金くらいしかないわけで。。

しかし前の会社を辞めることになり、自分自身の金銭的余裕も乏しくなり、正直一時期募金してませんでした。当時は我が家の家計的にいえば頑張りすぎてた。


最近は少し余裕が出てきたので、ほんの数日前からですがまた始めました。
少しですけどね。
今度は無理せず、細々でいいから続けていきたいと思います。





何の手助けも未だ出来ないし、被害に遭われた方と一緒に悲しむことも本当の意味では出来ません。ごめんなさい。
私は家族を喪っていないし、住むところも失くしていない。
あれから寒い思いもしていないし、ひもじい思いも味わっていない。必要なものは当時からすべて簡単に手に入ります。依然となんら変わりない。

経験していませんから。想像するしか出来ません。











コンビニで募金箱に入れる小銭の音。


私の日本の希望の音でもあり、私の自己満足の音ですが
この希望の自己満足の音を、時々になってもいいから私は自分が納得するまで鳴らし続けようと思います。











ニューヨークタイムズ
日本では放送コードに引っ掛かりメディアに流れなかったであろう写真。
ご遺体の写真も含みます。
一度は見ておくべきだと思って当時は見ましたが。今は。。もう見ようとは思いません。





立ち入り禁止区域 取り残された動物達







心が痛んだ読み物








イイ奴達
http://mamesoku.com/archives/2426297.html








現地の様子が知りたくて読みまくった。









上記は私のEvernoteに入れている記事や動画の一部です。

生きてても大変なことがいっぱいあって、震災にあっていない私でさえ悩みや不安が色々あったりするわけだけど。
この311で生き残ったと思える全ての人に、生きていて良かったと思ってて欲しいです。傲慢かもしれませんけど。。






もうひとつだけ私に出来ること。





ずっと忘れないから。 約束します。私は約束は守る女だ!

ちょこ子の日々 00:53 comments(7)
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- 00:53 -
COMMENT
こんばんは。ちょこ子さん。
実家帰ってましたー。

さっきまでリンク先を読んでました。写真の一部は見たことあったけど…。
辛い思いが甦ってきました。
私も東北とは遠いところですけど、親戚が関東なんですよね。
家はまだ大丈夫だったみたいだけど、帰宅難民だったようです。

私は一度振込募金を利用しました。年に一度しようかと思っていたのに、もう振込先が載っているところ、見なくなりましたよね。

ちょこ子さん。もうひとつ出来る事d(^-^)
食です。被災地の食品を買うことです。
| etsu | 2011/12/05 9:43 PM |
etsuさん>こんばんは、おかえりなさい♪

重い内容記事やったのにコメントありがとうございます。
振込先の載ってるサイト、確かに最近見てない気がします。

あー、なるほど。食か。
私は長生きする気はないからなんでも食べちゃうよw
母には怒られるやろうけどw
今農家が問題になってるよね。
| ちょこ子 | 2011/12/07 9:58 PM |
都内で仕事中でした。
東京は地震が多いとはいえ、震度5強の揺れは初めての経験で、焦りました。
最初は「いつもの地震か〜」くらいに考えて、仕事を続けていたのですが、窓がバンバン音をたてて、外れそうな勢いで揺れだしたので、「これはヤバイ」とさすがに思い、みんなで机の下に隠れました。
一度おさまったので、机の下から出たら、再びドンと下から突き上げるような揺れがあり、慌ててまた机の下に。(後から分かりましたが、最初のが東北の地震、2度目が茨城沖の地震でした)
やっとなんとかおさまって、会社の中をチェックしたら、物は落ちてるわ、階段の壁にヒビが入っているわ。古いビルなだけに、とても無事とは言いがたい状態でした。
とりあえず、帰ってもいいと言われたので、歩ける者だけで帰ることにしました。電車は全て止まっていて、道路は大渋滞で、歩くしかなかったんです。
私の家までは直線距離で40km。道なりだと1.5倍くらいかもしれません。
歩き初めて5時間半、40kmくらい歩いたところで、ダンナが車で迎えに来てくれました。
家の辺りが停電中だったため、小太郎と小雪も車に乗っていました。こたこゆの顔を見た瞬間、涙が止まりませんでした。無事でよかったと思って。
たぶん、小太郎と小雪がいなかったら、歩いてまで帰ろうとはしていなかったと思います。ダンナよりも、小太郎と小雪が心配で、歩いてでも帰ろうと思ったのでした。マンションがつぶれてたらどうしよう、小太郎と小雪がケージの中で逃げられずに火にまかれていたらどうしよう、と、そればっかりでした。
東北の方々に比べたら、よっぽど無事なところに住んでいましたが、震災のほんのひとかけらを実感した日でした。
私も募金しています。子供と保護されているペット宛だけですが。
1日も早く、昔のあの美しい町並みが戻ればいいなぁと思っています。
| とこ | 2011/12/13 5:26 PM |
とこさん>
コメントありがとう。
震度5強はホント怖いですよね。確か10年くらい前「芸代地震」がこちらでもありそれが震度5強でした。
私も当時は古いビルの1階で仕事中でしたので、自宅にいるチョコが心配で心配で、箪笥やテレビや冷蔵庫の下敷きになっていまいかと急いで車を走らせた事をとこさんの文章読んで思い出しました。
こっちと都内の違いでしょうか。。
40キロを歩くなんて普通考えられないですよね。職場と自宅がそんなに遠いのにもついでにビックリしましたが。。。
私、今の会社が遠い遠いと思ってたんですけど(9キロくらいかな?)全然ですね。10年前、私の家はモノが少々落ちてたのと、冷蔵庫がずれいていたくらいでたいした被害もなく、職場と自宅が車で4分の場所だったし、帰るとチョコも割ときょとんとしてて心底安心しました。
5時間半も不安な中歩いたんやから、不安も倍増するし、なんか今(というか、読んだ時:昨日の寝る前ベッドで。。)とこさんの当時の感覚っていうか、思いがすごい伝わってきて一瞬とこさんになった感覚になりました。。
よかった。。ほんとに。無事で。

今、守りたい人、守りたい存在があって、幸せです。ね。

私も守ってやるって思ってくれてる人がいればいいなーw
親と旦那くらいは思ってくれてるんやろうか。。。汗(しらんけどw

| ちょこ子 | 2011/12/14 11:05 PM |
先日久しぶりに募金をしました。
きっとこのブログを読んでなかったら、この行動にはでてなかったと思う。

私はその日も普通に仕事してて、なんか地震?津波?大変みたい。で過ぎてました。
それからのニュースもどこか他人事で。
自分の心が冷めたもんだなって、自己嫌悪。

東京の兄のところに、郵送してはいけないカセットコンロを郵送しました。
まだ四国では買えたから。
三重の姉のところでは、品切れだって。
兄弟姉妹が全国に散らばったのは、なにかしら意味があったのかな。とか。

人として、日本人として、無意識に募金という行動にでられるきっかけをくれたことに感謝してます。
ありがとう。
| K3 | 2011/12/28 9:54 PM |
K33>
ありがたいです。そんな風に言ってもらえて。
そんな風に感じてくれた人がいたことが、この記事を書いた意味がちゃんと出てきた気がして。
ホントに嬉しい。

兄弟姉妹が散らばったのだけ聞くと正直残念な気もするけど、やっぱり家族だもんね。この平和ボケした日本で311があって、色んな事を考えされられたよね。

私春くらいまで実はもっと凄いこと想像して怖がってたんだよ。
恥ずかしいから、ここでは言わんけど、これは機会があれば教えるねw

こちらこそありがとう!!

アナタに幸あれ。
| ちょこ子 | 2011/12/31 9:56 PM |
私はあの日からこころが壊れてしまいました。とにかく辛くて。
私は東京に住んでおり、被害はありません。どうしても前にすすめない。
自分一人ならすぐ復旧復興のため、仙台にある叔母の家に住み、看護師としてできることをしたかった。
小さな子供達を置いていけない…結果いつまでもこころが追い付かない。
一年がたとうとしているなか、テレビを付けるのはやめようと思った。実際やる気がなくなり仕事を長期休職した私は、最近復職したばかりで、こころが付いていかないと思ったから…
でも、知っていなくてはいけないことだから。
でも涙が止まらない。流してイイ涙かもわからない。被災した方たちを思うと…そしてまた涙がでる。
たまたまみたブログに書き込むのもどうかとも思った。
自分のブログには書き込めない。
そして、なんで休職しなくてはいけないほど辛いのかも誰にも言えない。
でも、全国に沢山いると思うんだ。おなじ思いをしている人たちが…
| さやか | 2012/03/09 6:11 PM |